戻る

トップページ > その他の観劇日記

映画

『地雷を踏んだらサヨウナラ』

原作:一ノ瀬泰造「地雷を踏んだらサヨウナラ」(講談社文庫)
製作:奥山和由
監督:五十嵐匠
脚本:丸内敏治/五十嵐匠
音楽:安川午朗
出演:浅野忠信、他
配給:シネカノン

関連URL:チームオクヤマ 〜 地雷を踏んだらサヨウナラ

主観星:★★★★★


日本人従軍カメラマン、一ノ瀬泰造のカンボジアの戦場での撮影生活を追った作品。

警告文の前なので、ストーリーについてはここでは触れないところまで書いてみます(一之瀬泰造という名前を聞いたことがあるぐらいの人ならば言うまでもないかもしれませんが)。

1960年代後半から1970年代にかけて、インドシナ半島では、社会主義vs民主主義にも例えられる戦争が行われていた。結局中国とアメリカの代理戦争のようなものだが、日本はその戦争に直接参戦していないにも関わらず、従軍記者の死者数はアメリカに次いで2番目に多い数だった。

しかしながら一概に記者と言っても、新聞社や放送局から派遣された記者もいれば、フリーランスで新聞社などに記事や写真を売る記者もいる。
最前線の戦場など、死の危険が常に伴うような場所には、新聞社などから派遣されている記者が赴くことは少ない。死亡したり保険などの費用的なリスクが社に跳ね返ってしまうからだ。
その点、フリーランスで活動している記者たちは、新聞社・通信社などの依頼でそのような危険な地域に取材に出ることが多かった。その分死ぬリスクも高くなる。しかし安定した収入が保証されているわけでもなく、死んだときの保険があるわけでもなく、非常に過酷な状況での取材だったようだ。
このように依頼があれば、危険な場所などへも取材に行くことから、フリーランスの従軍記者は『ストリンガー』とも呼ばれていた。

一ノ瀬泰造もストリンガーだったのだが、この映画の中ではフリーランスで従軍しているカメラマンの実態が垣間見られる。
特にベトナム・カンボジア戦争を従軍カメラマンの視点、特に日本人のカメラマンを描いた映画としては初めてではないだろうか。

この作品の原作は読んだことはないのだが、他の従軍カメラマン達の手記を読めばそのままの世界がそこに展開しているのがわかる。という訳でこの作品は、

「ぜひ観るべきでしょう」

と評価させて頂きました。

余計な演出は限りなく削ぎ落とされていて、観ていて押し付けがましいところもなく、それがまたリアルさを生んでいたように思います。

写真を撮る者の感情の全てを、そこに観ることができるのではないでしょうか。

Nikonふぇちには、なお更お勧めです。(笑)

 

警告

以下、作品のネタばれ的内容の記述がある可能性があります。
あらかじめご承知の上、各自のご判断でお読みください。

前のページに戻る

 

 

原作は読んだことはないですが、非常に削ぎ落とされた感のあるストーリーにも関わらず、そこの端々の言葉やしぐさが全てにおいて必要充分に語ってきます。

自分は、ベトナム戦争からカンボジア戦争に従軍してきたカメラマンの手記を読む機会が多いのですが、そこで語られていることが

限りなく全て

入っているます。びっくりしました。

一発の弾丸で人から物に変わってしまうこと。

弾丸がかすめること。

敵が見えないこと。

ストーキングされること。

解放軍将校が共産主義の教育を施されていること。

韓国軍が送り込まれてきていること。

虐殺されること。

道の外は地雷原であること。

フィルムがコマごと買い叩かれること。

死体に抵抗がなくなること。

ファインダーの中が世界になること。

等々。

これらの要素が、自然にストーリーに組み込まれています。
この映画は一ノ瀬泰造の戦場カメラマンとしての足跡とともに、他の数多くの戦場カメラマンが考えたこと、思ったことを映し出しています。

ストーリーというか脚本というのか、余計な説明が何もなく、そこにあるがままを見せている、というのが良かった。

最後の「アンコール・ワットへ取材に行ったまま行方不明」で、解放地区へ潜入した後のくだりは、きっと想像でしょう(これまた確証はありませんが)。あの映画の中で唯一ちょっとうそっぽく感じるところではありますが、この終わりに一筋の光が見えるようです。
しかしながら、そのような一筋の光を描くことによって、戦場という場を生きてゆく困難さを更に浮き彫りにして、残酷な現実を強調しているようにスクリーンを通して見えてきます。

 

もうひとつ。

ニコンのカメラが出てきていたこと。
NikonFとNikomatだそうですが、さすがマニュアルというか、タフですね。
劇中のシャッター音は、確かに聴きなれたFのシャッター音でした。
FにはTTLファインダーが付いていましたね。確かFにはTTLのファインダーはオプションだったと思いますが。更にフィルム交換のとき、Fの裏蓋を開くとき、家にあるFは蓋が下に向かってはずしてしまう構造なのですが、劇中では現在のカメラと同じような横開きの構造になってしましたね。同じFでもロットによって変わってくるのか、もしかしたら交換しているシーンのカメラは全てNikomatだったとかいうのでしょうか?その部分が「あ、違う!」と思ってしまいました。
一ノ瀬の実家の机に残された、銃弾を受けたFのボディがでてきましたが、あれは記憶が正しければ本物ですね。

それから、カメラマンがどのように現像しているのかが今までどの手記でも記述されていなかったので疑問だったのですが、劇中では通信社の事務所にラボが作られていてそこで現像されていましたね。
同じくフリーランスでエル・サルバドルの内戦を取材する記者を描いた映画『サルバドル』(オリバー・ストーン監督)では、パスポートを偽造するための写真を焼くために、確かトイレで現像する、というシーンがあったと思いますが、各報道機関が勢ぞろいしていたベトナム戦争などではそういうことは無かったのかもしれません。

これは記者にもよるようですが、一ノ瀬は銃などで武装していませんでしたね。

そんなところも知っていると面白い映画です。

トップページ > その他の観劇日記


watanet Takarazuka Side
This site developped by chihiro
All rights reserved, watanet & chihiro
E-Mail: chihiro at dream dot com
WWW:
http://www.watanet.org/~takarazuka/

戻る