戻る

トップページ > その他の観劇日記

アニメーション映画

『人狼』

原作・脚本:押井守
監督:沖浦啓之
演出:神山健治
キャラクターデザイン:沖浦啓之・西尾鉄也
作画監督:西尾鉄也
副作画監督:井上俊之
美術監督:小倉宏昌
美術設定:渡部隆
什器設定:黄瀬和哉
車両設定:平松禎史
色彩設定:片山由美子
撮影監督:白井久男
編集:掛須秀一
音楽:溝口肇
音響監督:若林和弘
制作担当:堀川健司
アニメーション制作:Production I.G
プロデューサー:杉田敦・寺川英和
エグゼクティブ・プロデューサー:渡辺繁・石川光久
製作:バンダイビジュアル・ING
配給:バンダイビジュアル・メディアボックス

35mm/カラー/ビスタサイズ/DTS/98分

伏一貴:藤木義勝
雨宮圭:武藤寿美
辺見敦:木下浩之
室戸文明:廣田行生
半田元:吉田幸紘
巽志郎:堀部降一
阿川七生:仙台エリ
阿仁屋勲:中川謙二
自治警幹部:大木民夫
塔部八郎・ナレーション:坂口芳貞

プロダクションIGサイト内
劇場用作品「人狼」公式ページ

日時:2000/6/14(水)
会場:テアトル新宿
座席:-

主観星:★★★★★

=>> 人狼感想ページ(2回目以降の観劇感想など)


 
いきなりですが、この作品は

すごい。

理屈抜きにすごい。おすすめかどうか、と問われれば、

絶対におすすめです。

観るべきか。

観るべきでしょう。

事、アニメーションが好きな人間ならば、

観ないといけない。

下手な洋画・邦画に\1,800-を払うぐらいならば、この作品をぜひ観て欲しい。

この作品はアニメーションという表現手段を用いてはいるが、それはごく表面的な要素に過ぎず、この作品がなぜ実写にて制作されなかったのかが不思議なぐらい。
この作品は単にアニメーション作品として評価されるべきものではない、ということは間違いないと思います。
しかしながら、一般的には「アニメーション作品」としての『人狼』として扱われてしまうのでしょうし、となればそれだけでこの作品を観ようと思う人が少なくなってしまうであろう事は容易に想像できてしまうだけに非常に残念です。


時は高度経済成長の真っ只中の昭和30年代の東京。
その強引なまでの経済政策は、失業者と凶悪犯罪を急増させる。政府は反政府勢力掌握の為、首都圏に限り治安維持部隊を設置した。通称「首都警」と呼ばれる治安部隊は加速拡大すした。ところが反政府勢力は立法処置により非合法化し、地下組織の道を辿った。そして地下組織は首都警との市街戦を繰り返した。世論は強大な武力で対抗する「首都警」を非難の的にし、結果、「首都警」は孤立を一層深めていった。

(公演フライヤーより)

OPに語られる内容です。これが作品の舞台となる時代背景なのですが、決して明るいものではありません。押井守さんらしいといえばらしいのですが。

ここではストーリーについてこれ以上は書きません。

雰囲気は、『劇場版パトレイバー2』を過激な仕上げにしました、という感じでしょうか。(あくまで雰囲気がです。作品内容からモチーフまで何もかんも違うのですが、なんとなく。)

しいて言うなら、驚きでしょうか。

最初から最後まで驚きです。

そして最初から最後まで裏切り続けます。

 


登場人物の演技に注目です。
正直この部分では今までのどんなアニメーションよりリアルで、そこに描かれている人物が、さも実際の俳優が演じているように見えてしまいます。
リアルさ、という点ではディズニーも人物や動物などの動きをアニメーターが非常に研究しているとも聞きますが、ディズニーがリアルにデフォルメした動きを作るのに対して、この作品では、実写で撮影したにも関わらずフィルムを現像したらアニメーションになっていた、というような感じに仕上がっています。

しかし、作画、背景などは、他の作品に比べ技術的に突出して美しい、若しくはハイレベルのできである、とは言いにくいと思います。
これはクオリティーが低いというわけではなくて、アニメーションという表現手段を適切に使用して作品が作られている、というように見えます。
職人的ですね。

随所にCGも効果的に使用されているのですが、それらが全く浮くことなく画面に定着しているのには驚きます。あそこまでCGとアニメが融合してしまっていると全く違和感がなくなっていしまいます。
今回は主に銃器、車輌等にリアルさを加味するように使用されていたようです。画面から語られる説得力が増していて、非常に効果的です。
リアリティーを増すためにCGが使われていた、という点では『攻殻機動隊』とはかなり違います。

と書いてはみたのですが、実は観ている時にはアニメーションとしてのクオリティーが全く気になりません。
そのような作画ができるというのは、もしかしたら、最高の技術力を持っている、ということにもなるのかもしれませんね。


今回の音楽は、溝口肇によるものです。

バンドメンバーをみると『天空のエスカフローネ』などと同じでした。

今回の作品のテンションに完全にシンクロしたサウンドに仕上がっていますが、劇中ではサウンドが完全にシーンにとけ込んでしまっているのでそれを単体として聞き取ることはなかなか難しかったです。そのぐらい一体化したサウンドとなっています。

『JIN-ROH Original Motion Picture Soundtrack』(VICL-60569)

を聞きましたが、いわゆる『天空のエスカフローネ』などでは下手すると音楽が暴走してしまうこともありましたが(それはそれで楽しいのですが・・・)、今回は完全なサントラです。
作品の重さがまんま音楽にも投影されてしまっているので、単体で聴いても楽しい仕上がりにはなっていません。しかしながら、音楽を聴いているだけで脳裏に場面がリアルに再現される今回の楽曲群は非常によいです。

しかしながら、劇中では意識できないんですよね。

この重い音楽を食ってしまうほどの作品の出来。

 

しかし「どこかで聴いたことがあるなぁ」というのは今回も感じられたわけで。
鷺巣さんかな?エヴァンゲリオンの劇場版かな?
プラトゥーンのあの・・・忘れましたが、印象的な曲かな?
不協和音と通奏低音を多用すると同じような印象になってしまう、というだけでしょうか。
いや、どうでもよいことではありますが。

今堀さんのギターや、菅野さんのピアノもいいですね。
溝口さんのチェロも当然ですが。

 


宝塚に強引に繋げるならば、「東京楽天地」あたりでしょうか。(笑)
小林一三つながりというわけで。
時代ですね。

 

警告

以下、作品のネタばれ的内容の記述がある可能性があります。
あらかじめご承知の上、各自のご判断でお読みください。

前のページに戻る

 

本当に読まない方がよいと思います。

ここからは、劇場を見た人だけが読んだ方がよいと思います。

 

 


とにかく最初から最後まで裏切り続けます。

それが現実なのかもしれませんが。

 

地下道にてゲリラが蜂の巣にされてしまうシーン。

いきなりあそこで裏切られてしまったような気がする。

これはできない。

阿川七生が爆死するシーン。

これもできない。

 

しかしながら伏と雨宮の最後のシーンも、このぐらいの現実の中でないとああはならないわけだし、そのためのお膳立てにしてもあまりに厳しいなぁ・・・と感じてしまいました。
ふたりがふたりとして生きてゆくには、あまりにも現実が重すぎるんですね。

最後は納得ですが、あまりに悲しい。

あのエンディングでないと話にならないとはわかっていても、悲しいですね。

 

私が生まれてからは、民衆の力というのを実感できる場に遭遇したこともありませんし、自らもそのような衝動に駆られたこともありません。
テレビ番組などで過去として語られる『激動の昭和史』とか、ミュージカルの『レ・ミゼラブル』、映画の『ブレイブ・ハート』などで観るぐらいでしょうか。
デモで死人がでるなんて、今でも世界を見れば普通ですが、そういうのは「日本でないから」なんて考えていると、実は日本でも数年前まではそんなんだったんですよね。今の自分の世代では飼い慣らされた子羊状態なのかもしれませんが。

生きていることが実感できない自分としては、あういう時代、もしくは生と死の狭間にこそ現実が見えてくるのかなぁ・・・などとも思ってしまう。
死を認識できていないから、生きることも見えなくなってしまう?
不幸のないユートピアには、同時に幸せも無くなってしまうのと同じように。
楽しいことばかりなんてあるわけはない。

いやいや、なにも死にたいわけではないけれどね。

何かを信じてピンを抜くことができるという事に羨む気持ちはあるけれど。
自分にはできないもの。


伏と雨宮が二人でいるシーン。

特に何があるわけではないけれど、時間の長さを感じさせます。

ちょっとした仕草さ言葉が印象的です。

総じてこれらのシーンは好きです。


私は、あのような軍隊組織や諜報活動などの内実は詳しくは知らないのですが、単純に相手の裏の裏をかく、という物語の展開に、時間の経つのを忘れてしまいました。

話は多少それてしまいますが、コンピュータでいうハッカーやクラッカー(一般的には『ハッカー』と『クラッカー』は同じコンピュータを使用した犯罪を犯す人をさすと認識されているようです。しかしコンピュータ技術者の間では『ハッカー』は非常に高度なコンピュータ知識を持つ技術者に対する名誉の称号として扱われ、『クラッカー』はその非常に高度のコンピュータ知識を利用して違法・犯罪などを犯す者に対する蔑称として使用されています。マスコミなどではこの2者を混同して使用している場合があるようですが、受け取る側は区別して考えているので理解してほしいところのようです)ですが、単なるコンピュータを扱える人でもハッカーやクラッカーになれるというのは、難しいことではない、と言われます。つまり、他の絶対多数が知らないコンピュータのバグ、セキュリティの穴、仕組みなどを知っていればよいだけなのですから。セキュリティの穴を知っていても、それを相手に知られなければ相手はその情報を認識できないわけですし、そこから様々なパスワードや機密情報が漏洩していても、その情報の実体を外部で確認するか、もしくはその情報を利用した外部でのなにがしかの行動が認められない限りは、その情報が漏洩したという認識事態も持ち得ないと言うことになってしまいます。

ま、コンピュータにはその人の知らないことを知るために知っておくべきことが膨大になってしまうこともありますから、すべてが簡単に、ともいえないでしょうが。ハッカーの元祖といわれた人は、笛の形をした飴の「キャプテン・クランチ」を使って無料で電話をする、ということをしたそうですが、これこそ、知っていればこそ、ですよね。

インターネットなどではハッキング・クラッキングは日常茶飯事でしょうが、このような情報・諜報戦はなにもインターネットに限ったものではなく、それこそインターネットがここまで普及する以前は情報を持つ者、持たざる者が生死の明暗を分けるということもリアルにあったのでしょう。

この物語は架空の戦後史ですが、舞台が日本の戦後でありながら、諜報が持つ力、をここまで実感させたというのはすごいと思います。表向きには諜報が無いように思ってしまう国だけに(もしかしたら全く無いのかもしれませんが)、こういう舞台でこのようなストーリーをここまで見せてくれた本もすばらしいかと。


 

ま、現実なんてこんなもん?

いい感じ。

早くも次回作に期待していたりして。

 

押井さん、がんばってください。

沖浦さん、若いのにすごいですね。期待してます。

溝口さん、今度は『劇場版エスカフローネ』にて!

 

では!

トップページ > その他の観劇日記


watanet Takarazuka Side
This site developped by chihiro
All rights reserved, watanet & chihiro
E-Mail: chihiro at dream dot com
WWW:
http://www.watanet.org/~takarazuka/

戻る